心理学者は完璧な美人を作れない

Last-modified: Sat, 25 Mar 2017 20:16:33 JST (2594d)
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投稿者:ルオ

 「美しさ」をテーマとしておいて非常に無粋な結論だが、「心理学」かつ「美醜の判定の対象は人」に限定してぞんざいな言い方をするならば、「『万人にある程度好かれる美人』は作れるがそのやり方で『完璧な美人』は作れないから、人間は面倒くさい」ということになる。もちろん、この言葉で逃げを打つ気はないので、とうに錆び付いた心理学の知識ではあるが、今しばらくお付き合いいただければ幸いである。
 尚、対象を人に限定させていただいたのは、認知心理学及び知覚心理学、並びに記憶心理学が得手とするものが人間だからだ。他のものは、例えば建物であれば建築心理学等に細分化しているため、どうぞ今回はご容赦願いたい。

 さて、実は、己の専攻においての「美しさ」については、「うたの日」のとある歌で触れたことがある。2014年7月22日の短歌、「普通とは美の類義語であったかと合成少女を並べて気付く」だ。
 「合成少女」とはこの短歌のための造語であり、言わんとしたことを心理学の用語で示すとするならば、心理学者のハルバーシュタット氏が定義したとされる「平均性」が一番近い。「顔の各パーツの大きさおよびそれらの配置が、比較対象となる集団の中で極端な特徴を有していない度合い」を示す言葉である。この「平均性」は魅力に対して正の効果を持つ。
 くだけた言い方をするならば、複数の顔写真を用いて合成写真(注:この場合の「合成写真」とは、部分ごとに元となった顔のどれかをそのまま挿げ替える方法ではなく、それぞれのまさに「平均」をとる方法で作成された写真である。実際のやり方は後述の動画サイトに多数掲載されているため、そちらを参照していただければ幸い)を作成すると、元となった顔よりも魅力的に感じられることが多い、ということだ。
 「平均性」に関しては、ニコニコ動画等の動画サイトで名を変えて楽しまれている。「モーフィング」「平均顔」と呼ばれるものである。このうち「平均顔」は心理学者の原島氏が提唱していた概念であり、どういった経緯で広まったのか、それとも偶然同じ言葉が同じ意味合いで広がったのか、こちらにも興味は湧くが割愛とする。「平均顔」自体に興味を抱いてくださった方は、前述の動画サイト等でご覧いただければ、主にゲームの美男美女から「完璧な美人」を作ろうとする光景が垣間見られること請け合いだ。

 ここまでの話をまとめると、心理学における美人とは、対象となる集団の平均性を最も高くしたもの、と言い換えられる、ということだ。
 であれば、少なくとも心理学の理論においては、全人類の顔写真を用いて合成写真を作成する、もしくはそのような顔に整形すれば「完璧な美人」になるのかといえば、そうは問屋が卸さない。

 人間というものは、「『作られた』人間」には、人間らしくあればあるほど、魅力ではなく嫌悪を抱くように出来ているのである。ここからは科学よりも疑似科学に近い分野となるが、「不気味の谷」と呼ばれている現象が存在するのだ。人工的に作られたものにおいて、人間らしさを高めると、最初はより魅力を感じるが、ある時点で突然強い嫌悪感に変わるというものである。マネキンやロボットはもちろんのこと、先程から述べている合成写真も、残念ながらこの範疇である。
 もっとも、「不気味の谷」を提唱した本人であるロボット工学者の森氏は、人間と見分けがつかなくなると再びより強い好感に転じ、人間と同じような親近感を覚えるようになると主張している。そして例として文楽人形を挙げているのだが、口惜しいことに、彼の推論に真っ向から対立するような逸話が文楽人形には存在する。人気を博す文楽人形には、人間なら絶対に失敗しない箇所で不定期に失敗させて観客に人形であることを思い出させ、人形の不具合すら愛おしいと思わせる仕組みがあるというのである。つまり、あくまで「人形」の範疇に留まるからこそ親近感を持たれ、「『作られた』人間」はやはり、好かれないのだ。

 「平均性」によって「完璧な美人」へと人工的に近づけば、「不気味の谷」が邪魔をする。敬愛する恩師が「心理学を学べば学ぶほど人の心が分からなくなる」とよく茶化していたものだが、まさにそのとおりだ。完璧な美人は作れない、とは、上記の理由からである。

 師を真似て、最後にひとつ茶化してみるが、おそらくさほど心理学に興味のない人間にとってこのコラムは、最初の短歌の話と最後の文楽人形の話だけ印象に残るのではないだろうか。これもまた心理学で証明されているものであり、それぞれ「初頭効果」「親近効果」というものである。前述の恩師とは別の恩師がこの二つを組み合わせ、泡風呂から顔と脚だけ出した美女に例えて、「バスタブ効果」などと笑っていたものだが、なるほど美人もコラムも肝心要の部分が記憶に残せず嘆かれるとは、よく言ったものである。